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大阪地方裁判所 平成3年(わ)4237号 判決 1993年5月06日

主文

被告人を懲役二年に処する。

未決勾留日数中三四〇日を右刑に算入する。

押収してある紙片に包まれた塩酸ジアセチルモルヒネ一包(<押収番号略>)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、法定の除外事由がないのに、タイ王国から麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネを密輸入しようと企て、平成三年一一月二四日、ビニール袋に入った麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネ約0.27グラム(<押収番号略>は鑑定残余。)を着用していた下着内に隠匿携帯し、同国バンコク国際空港からタイ国際航空六二二便に搭乗し、同日午後三時五三分ころ、大阪府豊中市蛍池西町三丁目五五五番地所在の大阪国際空港に到着した上、同航空機から右麻薬を取り降ろしてこれを本邦内に持ち込み、もって、右麻薬を輸入し、引き続き同日午後六時ころ、同空港内大阪税関伊丹空港税関支署旅具検査場において、通関手続を受けるに当たり、輸入禁制品である右麻薬である塩酸ジアセチルモルヒネを隠匿携帯したまま、同旅具検査場を通過し、もって、輸入禁制品である右麻薬を輸入したものである。

(証拠の標目)<省略>

(補足説明)

一  弁護人らは、大阪税関の係官によって実施された犯則事件調査手続に違法があり、その調査過程で収集された本件ヘロイン及び被告人の大蔵事務官に対する各質問調書、並びに右調査に引き続いて収集された被告人の検察官及び司法警察員に対する各供述調書は証拠能力がなく、結局残余の証拠のみでは犯罪の証明がないことになるから、被告人は無罪である旨主張しているので、当裁判所が右各証拠の証拠能力を肯定し、被告人を有罪と認めた理由を補足して説明する。

二  本件ヘロインが発見されるに至った経緯及び被告人が緊急逮捕された状況について

1  前掲関係各証拠、とりわけ、証人井上寛一(第二回公判調書中の同証人の供述部分及び公判廷における同証人の供述を区別しない。)、同長尾宏及び同小堀由美子の各供述並びに司法警察員作成の緊急逮捕手続書によると次の事実が認められる。

(1) 大阪税関伊丹空港税関支署大蔵事務官阿部敏之が、平成三年一一月二四日、大阪国際空港内同支署入国検査場五番ブースにおいて、タイ王国バンコク国際空港から大阪国際空港に到着したタイ国際航空六二二便の搭乗者の入国検査に従事していたところ、午後四時一〇分ころ、同便に搭乗していた被告人を検査することとなった。阿部事務官が、被告人に、申告物件の有無のほか、本邦に持ち込めないものを所持していないかを確認したところ、被告人が自ら進んで二個の鞄を開披し、早く検査を終了させたい素振りを示した上、これまでタイ王国に頻繁に渡航しており、過去に近畿麻薬取締官事務所で検挙された人物と同姓であることが判明したため、同支署旅具第二検査場で厳重検査を実施する必要があると判断し、同支署大蔵事務官井上寛一に検査を引き継いだ。井上事務官は、被告人に対して第二検査場で引き続き検査したい旨告げ、被告人の了解を得て、第二検査場に同行した。

(2) 井上事務官は、同日午後四時二〇分ころから、第二検査場において、同支署大蔵事務官藏本賢司と共に、被告人の検査を実施したが、被告人に対して麻薬等を所持していないかと尋ねた後、井上事務官において、被告人のボストンバッグを、藏本事務官において、被告人のショルダーバッグをそれぞれ検査したところ、ボストンバッグ内のジーパンのポケットからちり紙に包まれた黄色錠剤三〇錠が発見された。右錠剤の入手経路について被告人に質したところ、被告人は、当初、日本から持ち出したものであると供述していたが、後に、バンコクで友人に貰ったものであると供述を変えるに至った。井上事務官は、被告人の了解を得て、右黄色錠剤をマルキース試薬で仮鑑定したところ、覚せい剤を含有する際に示す赤褐色を呈したため、正式な鑑定に付すべく被告人から右錠剤の任意提出を受けた。同支署旅具取締部門統括監視官長尾宏(以下、長尾統括官ともいう。)は、右井上事務官から経過報告を受け、被告人が他の薬物を身辺に分散隠匿している可能性があると判断し、同事務官に被告人の身辺開示検査を実施するように指示し、併せて、被告人が女性であるため女性の立会人を確保しようとしたが、当日が休日のために同支署に女子職員がいなかったことから、日本航空株式会社の女子職員に依頼することとし、右日本航空株式会社の職員に「タイ航空で入国した乗客で、麻薬等を所持している可能性のある人がいるので、検査の立会等をお願いしたい」旨告げた。

長尾統括官は、同日午後五時一五分ないし二〇分ころ、右依頼に応じて同支署に赴いた右日本航空株式会社旅客部職員小堀由美子に対して「タイ航空で入国した女性であり、麻薬を所持している疑いがあるので、下着を脱がせて検査してください。」と説明した。

(3) 右小堀は、第二検査場の椅子に座って待機していた被告人と共に調室2に入室した後、被告人に服を脱ぐように指示し、靴を脱いでスノコに上がった被告人から、着用していたジャケット、キュロットスカート、ブラウス、ストッキングを受け取って不審物の有無を調べ、この時、被告人から下着も脱ぐのかと聞かれ、これに対して、下着も外すように指示し、パンティー一枚の姿になった被告人から、生理中であると言われたため、後ろを向いて下着をずらすように指示し、被告人が下着を臀部の下までずらしたが、不審物の発見には至らず、同日午後五時三〇分ころ検査を終了した(以下、第一次身辺開示検査という。)

(4) 右小堀は、長尾統括官に不審物を発見できなかったこと及び被告人が生理中である旨報告して同支署第二検査場を退出した。

その後、井上事務官が、調室1において、被告人に対して質問していたが、長尾統括官は過去に生理中を装って麻薬を輸入しようとした事犯があったことから、生理用品を検査する必要があると判断し、被告人に生理用品の提出を申し入れた。

右井上事務官の質問が終了した後、被告人は数分調室1に独り残って生理用品を外ずし、これを任意に提出した。長尾統括官は右生理用品を検査したが、異常がなかったため、被告人を退出させるように指示した。

(5) 被告人は同日午後六時ころ右第二検査場を退出したが、その直後、井上事務官が調室1のゴミ箱の中に茶色ビニール袋に入った不審物を発見したことから、長尾統括官は再度被告人から事情を聞く必要があると判断し、直ちに被告人を呼び戻すように井上事務官に指示し、同時に、藏本事務官に調室1を丹念に調べるように命じた。藏本事務官は、調室1のソファーの座面の裂け目から銀紙四片、紙一片、プラスチック板一枚を発見し、これを取り出した。他方、井上事務官は、到着ロビー付近にいた被告人を見つけ、被告人を説得した上右調室1に連れ戻し、右ゴミ箱に遺留されていた茶色ビニール袋に入った不審物について質問したところ、被告人は自己のものではないと供述した。井上事務官が右茶色ビニール袋に入った粉末をマルキース試薬で仮鑑定したところ、麻薬を含有することを示す青紫色を呈した。

長尾統括官は、そのころ、大阪国際空港警備派出所に右の経過を説明し、同時に、被告人が頑強に否認するばかりか、落着きがなく急にトイレに行きたいと申し立てていることから、他に薬物を隠匿している可能性もあり、再度身辺を検査する必要があると判断し、井上事務官に対して、被告人から身辺開示検査の了解を取るように指示するとともに、日本航空株式会社の職員にヘロインが発見された経過を説明して「先程検査していただいた方をもう一度お願いしたい。」と依頼し、その後、右依頼に基づいて赴いた小堀由美子に対して「検査の後に生理用品の提出を求め、被告人を独りにしたところ、被告人が退出した後、ゴミ箱の中にヘロインが捨ててあった。他に持っているかも知れないので、しっかり見てほしい。」と説明した。

(6) 右小堀は、同日午後七時一〇分ころ、調室2に被告人と共に入室し、自ら着衣を脱ぎ始めた被告人から、着用していたジャケット、キュロットスカート、ストッキング、パンティーを順次受け取ったが、ティッシュペーパーの破片様のものが落下したことや被告人が片手でボタンを外していたことから不審に感じていたところ、さらに、ブラウス及びブラジャーを受け取り、全裸になった被告人の背面を覗き込んだ際、被告人がビニール袋入りの粉末(<押収番号略>)を差し出したことから、これを受け取り、被告人に服を着用するように指示し、検査を終了した(以下、第二次身辺開示検査という。)

(7) 被告人が、服を着用し終わったころ、お願い見逃してと言って、テーブルの上に置いてあった右ビニール袋入りの粉末を手に取ったことから、右小堀は直ちに調室の外にいる税関職員を呼び入れた。被告人は、入室してきた井上事務官にビニール袋入りの粉末を手渡し、調室1に移動して、同事務官の質問を受けた。井上事務官は、マルキース試薬を用いて、右粉末を仮鑑定したところ、ヘロインの反応を示す青紫色を呈したことから、現行犯事件として右ビニール袋入りの粉末を差し押さえた。豊中警察署司法警察員千原治義は、前記の通報に基づいて同日午後七時三〇分ころ同支署に到着し、同支署阿部事務官及び長尾統括官から事情を聴取した上、同日午後一〇時二四分ころから、被告人から事情を聞いたところ、当初、ゴミ箱から発見された茶色ビニール袋入りのヘロインを自己のものではないと否認していたが、結局、右ヘロイン二袋とも自己のものであると自認したことから、同日午後一〇時五〇分被告人を緊急逮捕した。

2  弁護人らは、前記認定に沿う証人井上寛一、同長尾宏及び同小堀由美子の各供述は信用できない旨主張しているので、さらに、検討することとする。

(1) 証人小堀由美子は、日本航空株式会社の職員で、大阪国際空港支店旅客部に勤務するものであるが、これまで大阪税関伊丹空港税関支署から身辺開示検査の立会等の依頼を受けたことはなく、今回、たまたま立会うに至ったものであり、同支署とは何ら利害関係のない民間の女性であることからすると、その供述は、一般に信用性が高く、また、その供述内容をみると、詳細かつ具体的であり、記憶のない箇所と記憶している箇所を明確に区別し、誠実に供述しているのであって、特段不自然な点も存せず、信用性に富むものである。

とりわけ、同証人が先行して実施された証人井上寛一の供述と異なる供述をしていることからすると、同支署職員に対する遠慮から、同証人の供述に合わせ供述している虞もなく、自らの記憶に基づいて供述しているものと認めることができるのであって、その信用性に疑問を挾む事情は認められない。

もっとも、弁護人らは、同証人が被告人をタイ国人と思っていたとする点は不自然であると主張するが、長尾統括官から「タイ国からきた女性である」と教えられた同証人が、被告人の風貌などから、被告人を日本人でないものと信じていたとしても不自然ではなく、むしろ、被告人の話す日本語を聞いて「わりと日本語が上手な人だなあ」と感じたとするなど、その心情を素直に吐露しているのであって、弁護人らの指摘するような不自然性は窺えない。

(2) 次に証人長尾宏は、同支署旅具取締部門統括監視官として、井上事務官、藏本事務官等を指揮して犯則調査を実施すべき責務を負っているものであるが、その供述内容は詳細かつ具体的であり、右小堀に被告人の身辺開示検査を指示した内容などは、信用性の高い右証人小堀由美子の証言とも一致している上、被告人の供述するところとも大筋において符合していることからすると、その信用性は高いものがある。また、右長尾証人は、自ら経験した事項と推測した事項を明確に区別して供述し、しかも、部下である井上証人の供述と齟齬する点も自ら明らかにした上、同証人が、報告書に記載された内容を、自らが経験した事実のごとく供述したため虚偽の供述をするに至ったものであると説明していることからすると、井上事務官を庇うことなく、自らの記憶に基づいて供述していることは明らかである。

(3) 証人井上寛一が、弁護人ら指摘のように、報告書に記載された内容を、自らが経験した事実のごとく供述していることは明らかであり、その信用性は低いといわざるを得ないが、証人長尾宏及び同小堀由美子の各供述によって、証人井上が自ら経験した箇所を特定することができ、右経験した箇所については、関係証拠とも特段矛盾はなく、不自然な点も窺えないことからすると、その限度で、信用できるものということができる。

3  なお、被告人は、タイによく行っているので事情を聞きたいと言われたのみで、井上事務官からは、所持品検査に関して何の説明もなく、一方的にバッグ等を開披されたと供述しているが、ブースにおける鞄の検査が終了せず、別室で更に検査を受ける場合に、所持品を丹念に調べられることは容易に推測がつき、また、被告人が第二検査場において所持品検査を受けた際に何ら異議を申し立てていないことからすると、証人長尾宏が供述するように、被告人が所持品検査を受けることを了解していたことは明らかであって、この点に関する被告人の供述は措信できない。

また、被告人は、第一次身辺開示検査の際、前記小堀に対して「これは強制ですか」と尋ねたところ、同女が「はい」と答えた旨供述しているが、証人小堀由美子は、被告人から強制か否かを尋ねられたことはなく、そのような説明もしていない旨明確に供述しているところ、同証人は被告人をタイ人かフィリピン人と誤解し、難しい言葉は通じないと思っていたものであることからすると、同証人と被告人との間での質問や説明のなかで「強制」という言葉が用いられたとするのは不自然であって、被告人の供述はにわかに信用できないところである。

三  任意調査の違法性について

1  関税法一二〇条には、税関職員は、犯則の事実を証明するに足りる物件を身辺にかくしていると認められる者があるときは、当該物件の開示を求めることができると定められているところ、本件第一次身辺開示検査及び第二次身辺開示検査が、右規定に基づいて実施されていることは明らかである。このような身辺開示検査は、相手方がこれを承諾しない場合には許されず、明示、黙示を問わないまでも、相手方の承諾の下に実施されなければならないと解されるところ、弁護人らは、右第一次身辺開示検査及び第二次身辺開示検査の各手続について、種々の点を挙げてその適法性を争っているので、さらに、検討することとする。

2  弁護人らは、被告人が第一次身辺開示検査及び第二次身辺開示検査について同意しておらず、任意処分としてこれを行うことは許されない旨主張している。

身辺開示検査は、相手方の承諾の下に実施されなければならないことは前記1のとおりであるが、右承諾は真意に基づいてなされたものであることを要するところ、そのためには、処分を受ける相手方が、検査の目的、内容、方法を理解していることが前提となることは明らかである。

本件においては、証人長尾宏及び同井上寛一の各供述並びに被告人の供述によると、第一次身辺開示検査及び第二次身辺開示検査の以前に、税関職員が被告人に対して身辺開示検査の内容を具体的に説明しておらず、また、被告人も右検査の内容、方法について質問するなどしていないことが認められ、このような場合、税関職員としては、被告人が検査目的、内容等を理解し、それに同意しているか否かを確認するために、検査内容等を説明した上で、その意思を確認することが望ましいことは弁護人ら指摘のとおりであるが、しかし、その説明をしなければ直ちに違法となるものではなく、処分を受ける相手方が、四囲の状況から、その検査目的、内容等を理解している場合には、その説明を要しないと考えられる。

そこで、本件第一次身辺開示検査について検討すると、証人長尾宏の供述によると、井上事務官が被告人に対して「身辺検査をさせて欲しい」と告げたところ、被告人において頷いていたことが認められ、また、証人小堀由美子の供述によると、長尾統括官から被告人の同意を取りつけている旨説明を受けており、同証人が被告人に対して「スノコに上がって服を脱いでください」と指示したのみで、何ら抵抗することなく被告人が着衣を脱いでいることが認められる上、被告人も、井上事務官から身辺検査かあるいは身体検査かを実施する旨言われたことは認めているのであって(もっとも、被告人は、井上事務官の言う身辺検査の趣旨を理解することができず、ポケットを調べられる程度と思っていた旨供述しているが、被告人が抵抗なく着衣を脱いでいることからすると、右供述はにわかに措信できないところである。)、これらの事実からすると、被告人が身辺開示検査の目的、内容等を理解し、これを同意していたと認めることができるものである。

次に、第二次身辺開示検査について検討するに、これは第一次身辺開示検査に引き続き実施されたものである上、証人小堀由美子の供述によると、被告人は調室2に入室すると、同証人から何ら指示されていないにもかかわらず、自ら着衣を脱ぎ始めていることが認められ、また、証人長尾宏の供述によると、同証人が井上事務官に身辺開示検査をすることについて被告人から了解を取るように指示していることが認められるのであって、これらの事実を総合すると、被告人が身辺開示検査の目的、内容等を理解し、これに同意していたことは明らかであるといわなければならない。

3  次に、弁護人らは、民間人である小堀由美子が本件身辺開示検査に当たっているが、同女が警察官や税関職員でないことから、検査等における基本的な事項についての知識、経験がなく、訓練もされていないため、人権保護の保障がなく、この点において違法である上、仮に、税関職員井上事務官の代行者として実施したとすれば、身辺開示検査の状況や井上事務官と小堀由美子の位置関係等からして、井上事務官が小堀由美子を制御できる状態にはなく、この点においても違法であると主張している。

証人井上寛一及び同長尾宏の各証言によると、長尾統括官は、被告人が女性であることから、男性の税関職員に身辺開示検査を実施させるのは相当でなく、かつ、当日が日曜日で税関の女子職員が不在であったことから、日本航空株式会社の女子職員に身辺開示検査を依頼したこと、小堀由美子は、身辺開示検査の実施に先立って、長尾統括官から、「タイ航空で入国した女性であり、麻薬を所持している疑いがあるので、下着を脱がせて検査してください。」、あるいは、「検査の後に生理用品の提出を求め、被告人を独りにしたところ、被告人が退出した後、ゴミ箱の中にヘロインが捨ててあった。他に持っているかも知れないので、しっかり見てほしい。」と具体的な指示を受けていること、小堀由美子は長尾統括官の指示に従って被告人の着衣を脱がせて身辺開示検査を実施していること、調室2には、右小堀と被告人のみが入室しているが、井上事務官が調室2のドアの近くで待機し、不測の事態に備えていたことが認められるのであって、これらの事情を考慮すると、小堀由美子は税関職員が実施する身辺開示検査の立会人であったと認めるのが相当である。もっとも、関税法一二〇条の身辺開示検査については、同法一二九条四項所定の立会人に関する規定は置かれていないが、本件では、女性の身体に対する身辺開示検査であることに鑑みて、女性の名誉と羞恥心を配慮して小堀由美子を立会人としたものであって、同女が主体的に身辺開示検査を実施したものではないと考えられる。このような立会人に身辺開示検査の一部又は全部を実施させることは、「女性の身体について捜索するときは、成人の女性を立ち会わせなければならない」と規定した同法一二九条四項の趣旨に照らすと、許されるといわなければならず、この点においても違法性はないと認められる。

4  次に、弁護人らは、被告人が、第一次身辺開示検査において、パンティー一枚となって、これをずり下げて検査を受けたことや、第二次身辺開示検査において、全裸になって検査を受けていることから、全裸又は全裸に近い状態での身辺開示検査は、本来裁判所の発する令状によらなければなし得ないものであり、これは、被告人の同意の限界を越えるものであり、違法である旨主張している。

被告人が検査の目的、内容等を理解し、これに同意していたことは前記2認定のとおりであるが、このような同意があればいかなる検査も許容されるというものではなく、その検査が身体上及び精神上に及ぼす影響を考慮し、その方法、程度が社会的に相当と認められるものであることが必要であると考えられるところ、女性を全裸又は全裸に近い状態にすることは、その性的羞恥心を害する大きさからみて、同意によって許容される検査の限界を越えているというべきであり、この点においては、弁護人ら指摘のとおり、違法性を帯びているといわなければならない。

5  また、弁護人らは、調室1のゴミ箱内に残置されていた茶色ビニール袋入りのヘロインは被告人が所持、所有していたものではなく、これは、身辺開示検査を終了した被告人に対して再度身辺開示検査を実施するための税関係官による詭計であり、手続の違法性が高い旨主張している。

証人金城栄豊の供述、司法警察員作成の緊急逮捕手続書及び被告人の供述によると、被告人が、茶色ビニール袋入りのヘロインについて、当初否認していたところ、豊中警察署の千原警察官から事情を聞かれた際に一旦認め、その後、一一月二八日の取調べにおいて否認するに至ったことが認められるのであり、その供述は一貫しておらず、仮に、右茶色ビニール袋入りのヘロインが被告人の所持していたものとすると、同税関支署を退出できることが明らかであったにもかかわらず、右茶色ビニール袋入りのヘロインを調室1に残置した理由や二つに分けて隠匿所持していた理由が未だ明らかにされていないことは弁護人ら指摘のとおりであるが、右事柄は被告人の供述を俟たないと解明し得ない事項である上、しかも、前記二認定のとおり、被告人を一旦第二検査場から退出させた後に、本件茶色ビニール袋入りのヘロインが発見されていることからすると、税関職員が詭計を講じたとするには余りにも不自然であり、むしろ、第二次身辺開示検査は、被告人が、質問を受けた際、茶色ビニール袋入りヘロインについて頑強に否認し、トイレに行きたいと申し立てていたことから、まだ他の薬物を隠匿している可能性があると判断したため、実施されたものにほかならず、他に特段、税関職員が詭計を用いたとする証拠も認められない。

もっとも、被告人は、税関職員の詭計である根拠として、新しい生理用品を着けてそのビニール袋とテープをゴミ箱に捨てようとして覗くと、タバコのセロハン様のものがあったのみで、恥ずかしいので捨てるのを辞めたと供述しているところ、証人小堀由美子の供述によると、第二次身辺開示検査の際に被告人は生理用品を着けていなかったことは明らかであり、右供述に照らすと、被告人のこの点に関する供述はにわかに措信できないといわなければならない。

6  以上のとおり、弁護人らの主張は、被告人を全裸又は全裸に近い状態で身辺開示検査をしたことが違法であるとする限度で理由があり、その他の違法事由として指摘するところはいずれも理由がない。

四  証拠能力について

1  第一次身辺開示検査及び第二次身辺開示検査において、被告人を全裸又は全裸に近い状態で検査を実施している点で違法であることは、前記三認定のとおりであるが、弁護人らは、第二次身辺開示検査が第一次身辺開示検査を不可欠の前提としているものであって、第一次身辺開示検査の違法は、本件証拠の証拠能力を判断するに当たって考慮すべきであると主張するので検討するに、第二次身辺開示検査は、第一次身辺開示検査と同様に、被告人の麻薬等の薬物の犯則事犯の調査という同一目的の下に行われてはいるものの、被告人が第一次身辺開示検査を終了して第二検査場を退出した後に、調室1から茶色のビニール袋が発見されたため、再度被告人を呼び戻し、右茶色のビニール袋について質問したところ、被告人がこれを否認するとともに、トイレに行きたいと申し立てていたことから、他に、身辺に薬物を隠匿所持している可能性があると判断して、実施されたものであって、これが、第一次身辺開示検査を利用した一連の手続ではないことからすると、第一次身辺開示検査の違法は、本件証拠の証拠能力の判断には影響を及ぼさないといわなければならない。

2  そこで、第二次身辺開示検査の機会に発見された本件ビニール袋入りヘロインの証拠能力を検討するに、前記認定のとおり、長尾統括官は、被告人が検査場五番ブースにおいて自ら進んで二個の鞄を開披し、早く検査を終了させたい素振りを示していたこと、これまでにタイ王国に頻繁に渡航していること、過去に近畿麻薬取締官事務所で検挙された経歴を有すること、ジーパンのポケットに覚せい剤反応を呈する黄色錠剤三〇錠を入れていたこと、被告人が退出した調室1から茶色ビニール袋入りのヘロインが発見されたこと、被告人がこれを所持していたことを否認するとともに、トイレに行きたいと申し立てていたこと等から、他に、身辺に薬物を隠匿所持している可能性があると判断して、第二次身辺開示検査を実施しようとしたものであって、被告人が犯則の事実を証明するに足りる物件を身辺に隠しているとの疑いがあり、開示検査の必要性及び緊急性が存すると認められる上、その検査の方法においても、成人女性の小堀由美子を立ち会わせ、男子税関職員を室内に入れずに実施されたものであって、被告人の名誉、羞恥心に対する配慮も一応なされていることが窺え、その際、何ら有形力は行使されていないことも明らかである。また、長尾統括官は、被告人が退出した調室1から茶色ビニール袋が発見された時点で、現に犯則を行い又は現に犯則を行い終わった際に発覚した事件として被告人の身体の捜索を実施しあるいは司法警察員に通報して身体の捜索令状及び身体検査令状を得て検査することが許されたといえるのであるから、税関職員において、その執行方法の選択ないし手順を誤ったものに過ぎず、法規からの逸脱の程度は実質的に大きくはなく、また、被告人の同意を得て、任意の調査として検査しようとしたものであって、そこには、令状主義に関する規定等を潜脱する意図があったとは認められず、さらに、被告人も身辺開示検査の内容等を理解して、これに同意していることなどを併せ考えると、第二次身辺開示検査の違法は、未だ重大であるとはいえず、本件ビニール袋入りヘロインを被告人の罪証に供することが、違法な手続抑制の見地から相当でないとは認められない。すると、右第二次身辺開示検査によって発見された本件ビニール袋入りヘロイン並びにその後の被告人の大蔵事務官に対する各質問調書並びに検察官及び司法警察員に対する各供述調書の証拠能力は否定されないといわなければならない。

3  以上のとおり、右各証拠について、証拠能力がないとする弁護人らの主張は理由がない。

五  したがって、被告人が無罪であるとの弁護人らの主張は採用できない。

(法令の適用)<省略>

(量刑の理由)

本件は、航空機でタイ王国から帰国した被告人が、ヘロイン約0.27グラムを隠匿携帯して本邦に持ち込み、通関手続を受けることなく輸入禁制品を輸入した事案であるが、輸入にかかるヘロインは多量であるとはいえず、また、右ヘロインは幸いにも社会に拡散される以前に税関職員によって発見押収されているものの、嗜好性の強い薬物を本邦に輸入しようとしたものであり、社会に与えた脅威の大きさも無視することはできず、しかも、被告人は平成元年九月二七日麻薬取締法違反の罪により懲役二年、四年間執行猶予の判決を受けていながら、その猶予期間内に同種犯行に及んだもので、犯情は悪質であり、さらに、海外においてヘロインを吸引使用していたことも窺え、麻薬との親和性も相当根深いものがあると認められることからすると、再犯のおそれもないとはいえず、これらの諸事情を総合すると、被告人が本件犯行を深く反省していることや右執行猶予が取消となれば相応の期間服役しなければならないことなど、被告人のために斟酌できる諸事情を考慮しても、主文掲記の刑は已むを得ないと思料した次第である。

(裁判長裁判官 谷村允裕 裁判官 小坂敏幸 裁判官 小林直樹は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官 谷村允裕)

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